RubyKaigi 2026 のビジュアルグランドデザインで目指したこと ― 「世界観を作る」プロダクト思考のデザイン

2026年4月22日(水)〜24日(金)に開催された「RubyKaigi 2026」のビジュアルグランドデザインを Gaji-Labo が担当いたしました。
RubyKaigi は日本発祥のプログラミング言語 Ruby に関する世界最大級の国際技術カンファレンスです。国内外から多くの Ruby エンジニア(Rubyist)が参加し、最新技術の議論やコア開発者との交流の場として、また地域コミュニティのハブとして、毎年開催されています。2026年は函館での開催となり、ご縁あって Gaji-Labo がビジュアルグランドデザインを担当させていただくこととなりました。
RubyKaigi では毎年、開催地に因んだテーマでビジュアルデザインが施されます。その年ごとの違いを楽しむことも、このカンファレンスの魅力のひとつ。本記事では、今回のデザインで目指したこと、込めた思い、そしてそれらを実現するためのデザインプロセスについてご紹介します。
デザイン担当としてのコミュニティ参加意識
実際のデザインワークに入る前に、まず立ち止まって考えなければならないことがありました。我々 Gaji-Labo は10年前は Ruby on Rails も利用していましたが、途中でフロントエンドに専念することになったため社歴の長いメンバー以外は Ruby に馴染みがなく Ruby コミュニティからは長らく離れた会社でした。だからこそ、今一度 Ruby および RubyKaigi というコミュニティの理念や思想を理解し、コミュニティの同志としての意識を持つところからスタートすることにしました。
クライアントワークならぬ、コミュニティワーク
Gaji-Labo はフロントエンドや UI デザインを中心としたプロダクト開発支援を提供している会社です。クライアントワークには熟練していますが、今回はそれとは少し勝手が違いました。
コミュニティ主催のイベントには、明確な意思決定ラインや上意下達の構造がありません。誰もがフラットな関係のもと、それぞれの領分において責任を持ち、自発的に動いています。つまり、特定の誰かの判断を仰ぐのではなく、担当者それぞれが提案し、皆で協議し、皆の合意のもとで物事を進めていく。我々もデザイン担当でありながらイベントスタッフであり参加者でもある、コミュニティの当事者そのものになるわけです。
プロダクトのドメインを理解することに加え、そのドメインの内側にしっかりと入り込む感覚。これは新たなステージとして新鮮な感覚でもありました。
オーガナイザーの持つビジョンに飛び込む
オーガナイザーの皆さんとの対話を重ねる中で、RubyKaigi のビジョンは「世界中の Rubyist が主役になる日」であると理解するに至りました。Committer もオーガナイザーもスタッフも参加者も、ほぼ全員が Rubyist。集まるすべての皆さんが主役となる日です。
このビジョンにグローバルなコミュニティとしての健全さ・誠実さを感じ、私たちデザインチームも大いに共感しました。事業における MVV と同じように根幹となる思想でもあります。ここへの理解と共感があってこそ、デザイン担当の我々も Rubyist としてイベントを一緒に作り、一緒に楽しむマインドを持つことができたのです。
なお Gaji-Labo からは主に4人(Naoki Matsuda. Emi Imanishi, Atsuhiro Tsuji, Naotaka Harada)体制で参加いたしました。RubyKaigi 2026 のチームにも掲載いただいております。

想定したデザインプロセスと進行
こうした背景を踏まえ、ビジュアルデザインに取り掛かるにあたり以下のプロセスを計画しました。
- Ideation(アイディエーション)
- Concept Development(コンセプトメイキング)
- Research & Engagement(リサーチ・懇親)
- Brand Identity Design(ブランドデザイン)
- Creative Rollout(クリエイティブ展開)
- On-site Validation & Analysis(現場検証分析)
以下、それぞれのプロセスで考えたことを紹介します。
Ideation(アイディエーション)
まずは函館について、観光情報・歴史的背景・行政施策などを調査し、認識の解像度を高めていきました。函館というと大人っぽく国際色豊かな港町の印象がありますが、調べるほどに多彩な魅力が見えてきます。
MICE(Meeting・Incentive Travel・Convention・Exhibition)の積極的な誘致やキャンパス都市としての顔、さらにフィンランド発祥のアウトドアスポーツ「モルック」が市民に愛されているという文化など、観光地としての函館だけでは見えてこない魅力を多く知ることができました。こうした調査を経て、ムードボードの作成などを通じ、「Smart(知的)」「Chic(瀟洒)」「Mixed(混成)」というキーワードをコンセプトとして掲げることにしました。

Concept Development(コンセプトメイキング)
コンセプトを軸に、プロダクトとしてのアーキタイプを固めていきます。この観点で最初に手がけたのがティザーサイト。RubyKaigi 自体の情報がまだ多くは掲載できない時期でしたが、まずは函館への旅情を誘うデザインとしました。
開催地の魅力を写真で伝えることに絞ったこの方向性は、これまでの RubyKaigi にはなかったアプローチでした。写真選びはローカルオーガナイザーの皆さんの「推し」もあって、参加いただく皆さんに楽しみにしてもらいたいという思いで検討を進めることができました。

Research & Engagement(リサーチ・懇親)
このプロセスこそ今回もっとも重要視したフェーズです。オーガーナイザーの皆さんの現地・会場視察に私たちも同行させていただき、なんと、2日間でおよそ4万歩を費やし市街も見て回り、開催地の空気を直に感じ取ってきました。
この期間はオーガナイザー、特にローカルオーガナイザーの方々と直接コミュニケーションを取れる貴重な機会でもあります。皆さんにとっての RubyKaigi の存在意義を伺い、イベントとしての趣旨や在り方を明確に理解することができました。また視察の時間の多くをご一緒したことで、コミュニティの一員として迎え入れてもらえたと感じています。
この視察によって、改めてレンガモチーフのデザイン方向性が定めることができました。気が付けばレンガの写真が集まっていましたから。

Brand Identity Design(ブランドデザイン)
いよいよ本番グラフィックデザインへ。函館は普通に歩いているだけで、時代を感じるレンガ造りの建物や洋風建築に出会える街。その雰囲気を RubyKaigi でも感じてほしいと、設計を進めました。
「Smart」「Chic」「Mixed」を非言語的に感じてもらうため、派手なグラフィックではなく、印象強いロゴマークを用意することにしました。このマークとメインビジュアルが決定に至るまで、何案ものデザインを用意し、オーガナイザーの皆さんで意見を出し合い、批評を重ね、意匠として絞り込んでいきました。
仕上がったロゴマークは文字通り皆の熱意と合意で作り上げたもの。函館のローカルオーガナイザーの愛着を得られたことは特に大きな手応えとなりました。ロゴマーク制作の進行過程で、オーガナイザーの皆さんの開催イメージが明確に擦り合っていく波長を感じたプロセスでした。

Creative Rollout(クリエイティブ展開)
ブランドデザインが固まってくる中、並行して他のクリエイティブタスクも進行しました。ウェブサイトをはじめ、各種ノベルティの選定、広告での露出、会場装飾とサイン、スポンサー向けガイドラインなど、多岐にわたる範囲です。
アイディエーション自体は以前より進めていましたが、実際に何を採択するかはこのプロセスにて綿密な合意をもとに決めていきました。メインオーガナイザー、ローカルオーガナイザー、イベント支援会社がそれぞれ分担と連携を行い、真のチームとして進めたプロセスでした。制作物の種類・数量が非常に多いため、デザイン担当としてはクリエイティブに責任を持ち、「今何を決めるべきか」を常に意識しながら前進し続けることが必要なプロセスでした。

On-site Validation & Analysis(現場検証分析)
今回の RubyKaigi にて、Gaji-Labo はデザインスポンサーとしてブースを出展。クリエイティブの一部を展示することで、参加いただいた皆さんの生の声を聞くことができました。
「普段使いもできるノベルティで嬉しい」「デザインテーマ全体がかっこいい」「印象に残るロゴマーク」「観光地だけでない函館をよく見てくれている」
デザインに込めたコンセプトや思いを、現場においてかなり正確に感じ取ってもらえたことを実感でき、「函館ならではの RubyKaigi」という世界観をしっかり作り出せたことに安堵しました。

目指したのは世界観と累積的体験の構築
そう、世界観を作りたかったのです。
「函館ならではの RubyKaigi」という世界観の創出と統一。いわゆるブランドアーキタイプとも少し違うかもしれません。今回ならではのアーキタイプです。
例年の RubyKaigi の品質を引き継ぎつつ、明確に「函館ならではの RubyKaigi」として楽しまれ、記憶される表現を意識しました。シリーズとしての統一感と、今回限りの印象深さ。
RubyKaigi そのものの機能的価値はすでに確立されています。そこに情緒的価値を加えたいという思いで、デザインを行いました。
RubyKaigi と函館の組み合わせの魅力の模索
函館のことは、函館の方々に聞くのが一番です。
函館の魅力をデザインに乗せるには、我々デザイナーのアイデアだけでは足りません。
そこで、特にローカルオーガナイザーの皆さんの意見を引き出すため、あえてデザイナー側としての強いプッシュは行わず、皆での議論を活性化させるアプローチをとりました。広く江湖の叱正を待とう、と。
実に多数のデザイン案を提案し、議論を発展させ、違うものは明確に捨て、候補を絞り、皆で洗練させていく。
「Smart」「Chic」「Mixed」な表現で、函館と RubyKaigi の魅力を伝えるデザインを皆で生み出すことができました。函館を象徴する五稜郭のアイコニックな形状、その中に浮かび上がるルビーのシェイプ、函館の雰囲気を伝えるレンガのテクスチャ。RubyKaigi と函館の組み合わせを表現するには、現地の Rubyist の皆さんの愛着が不可欠だったのです。

会期後も RubyKaigi 2026 に触れる仕組み
今回は複数のグラフィックパターンを用意せず、ロゴマークのみをメインとしてクリエイティブを展開しました。これは累積的体験を意図的に設計したものです。今回の RubyKaigi を明確に記憶してもらい、イベント後、数年経っても思い出のトリガーとして機能して欲しいという意図となります。
クリエイティブをシンプルに保つことで、世界観に一貫性をもたらし、認知を明瞭にし、自然と記憶できるものにする。そういった設計がベースにあります。スポンサー様のオリジナルノベルティでもこのロゴマークを大きく扱ったり、テクスチャ的に使用いただいたりすることで、世界観の創出に一役買っていただくこともできました。
ノベルティのデザインにもこの観点は取り込んでいます。オーガナイザーの「せっかく特別に作るものだから、普段も使いたくなるものがいい」という意向のもと、ノベルティを累積的体験設計の一部として捉えました。会期中だけ使う一過性のものではなく、思い出のトリガーとなるようにデザインしたのです。実際に「普段も使いたくなるデザインとクオリティ」という声を多くいただき、この意図は十分に達成されたと実感しています。
デザイン範囲
ここで今回の様々なクリエイティブの一部をご紹介します。
こちらが今回のクリエイティブした制作物一覧です。アイディエーションボードなども含んでいます。これはブースやスポンサーセッションでも紹介させていただきました。

まずはウェブサイト。すべてはここから始まりました。サイトだけのヘアライン加工のロゴマークが特徴的です。

パーカー, MA-1 ジャケットとTシャツ(モック画像ですみません)。これらは本当に好評の声をたくさんいただきました。「シンプルで普段も着たいと思わせるデザイン」「生地とシルエットも気に入った」などなど。また、committer 専用のMA-1ジャケットはかなり目を引くアイテムでした。

エントランス装飾。参加される皆さんを出迎えた巨大なオブジェです。正面のロゴマークもさることながら、側面のイカマークも結構人気のようでした。

ピンバッジ。スタンプラリーコンプリートの交換景品です。赤銅メッキの雰囲気が今回のデザインにぴったり。結構な数量を作ったはずですが、完売?した時は驚きました。

ポーチ。ガジェットを入れたり、化粧道具を入れたり、なるべく自由に使えるサイズ感にこだわりました。

名札。普通のデザインに見えますが、裏面にはイカのマークを遊び心的に馴染ませています。これにお気づきの方には楽しんでいただけました。

函館空港サイネージ。到着出口付近に配置されており、多くの方に写真を撮ってもらえていたようでした。実は会期後には「したっけ、また来年。」バージョンに差し替えられていたのです。

世界地図。世界中からの参加者がどこから来たのかの付箋で貼ってもらうボード。国際カンファレンスであることを視覚的に実感することができました。写真は途中段階のものですが、最終的には付箋で埋め尽くされていましたね。

まだまだ作成したクリエイティブはございまして、以下のリストがほぼ全ての制作物となります。イベントにまつわる全てをデザインさせていただいたことは、時にはそのボリュームに圧倒されそうになりつつも、大変素晴らしい経験となりました。
- ウェブサイト
- ティザーサイト, スポンサー募集要項PDF, sponsor-app のカラースキーム変更, 本番ウェブサイト, プロポーザル募集サイト(cfp-app),
- スポンサー・スピーカーへの配布物
- グラフィックキット, キーノートテンプレート
- ノベルティ・グッズ
- Tシャツ, パーカー, ピンバッジ, ステッカー, 手袋, ポーチ, スタンプラリー台紙, スタンプラリーコンプリート用スタンプ, 名札, ストラップ, オフィシャルパーティー参加者用シール・サムネイル画像
- 広告
- 函館市電広告, 函館空港・駅サイネージ, 函館空港歓迎看板, 函館市電歓迎看板
- 会場装飾・サイン
- エントランス装飾, スポンサーボード, 演台囲い, 受付装飾, 会場マップ, 世界地図, 会場内誘導サイン,会場サイネージアプリ(signage-app), 幕間用コンテンツ, 動画用フレーム
- イベント終了後
- YouTubeヘッダー・プロフィール画像, Past Kaigi用サムネイル
ロゴマークに秘めた概念
今回のロゴマークにはちょっとした仕掛けがあります。弊社ブースにお立ち寄りいただいた方には説明させていただきましたが、せっかくなのでここで種明かしをしておこうと思います。
函館と Ruby の融合
単に函館らしいグラフィックにルビーのマークを組み合わせるだけでなく、何か有機的に絡み合わせたいと考えていました。先述のとおりシンプルなマークで明確に記憶に残ってほしいという背景もあり、その両立を目指しました。
気づかれた方も多かったのですが、実はロゴマークの中央をルビーの形でくり抜いているんです。マークを見るとまずは外側の五稜郭のシェイプが目に入ってくるはずです。「あー、函館だから五稜郭ね」と。ところが、中央のルビーの形に気がつくと、また見え方が変わってくるのではないでしょうか。

「今年は Ruby のマークがないんですね」と思われていた方も一定数いらっしゃいました。しかしこのことを説明すると、どなたからも「あー!なるほど!」「ルビーが主役として見えてくる」と感嘆の声をいただきました。狙い通りの反応だったとはいえ、かなりの手応えを感じた嬉しい体験でした。
さらに種明かしをすると、マークの中にはストライプ柄が中央に向かって集まり、ルビーの形を形成しています。これには「国際港である函館を囲む海」「世界から函館に集まる人の経路」「そして集まることで Ruby という言語が成り立っている」、そういったことを表現しています。
仏教における「空」あり
さらに裏テーマがあります。これはここが初公開のネタなのですが、このルビーの形がくり抜きの空白であることは、仏教における「空」の表現でもあるんです。例えれば、ドーナツは中央の穴という「空」があることで、ドーナツとしての物資的存在を示している、ような感じです。色即是空の「空」。これに着想を得ての「空あり」です。
Ruby はプログラミング言語ですから物質的存在はありません。「空」であり、プログラム概念的には「null」です(Ruby では null ではなく nil らしいですね)。しかし、Ruby を愛する人たちが集合することで「空あり」としての存在が高度に成立していると考えました。さすがに伝わりにくいかと思い、これまで自分の中だけに留めておいた裏テーマです。もしここの解説で伝わるようであればうれしい限りです。
まとめ:RubyKaigi というプロダクトの開発支援として
RubyKaigi 2026 のグランドグラフィックデザインの仕事は、まさにプロダクトデザインそのものでした。
「オーガナイザーもスタッフも参加者も、みんな主役となってみんなで楽しむ」というビジョンは、「そのプロダクトが存在する社会と生活」そのものです。そう気づいてからは、この仕事をプロダクトデザインのつもりで取り組むことにしました。プロダクトデザインの根幹は「そのプロダクトがある生活・世界線を作り上げること」——RubyKaigi 2026 が皆の生活にどう溶け込み、どう影響するかを思考しながら進めた経験は、非常に大きなものでした。
現在の Gaji-Labo では、フロントエンド・UI デザインを中心としてプロダクトの世界を作り上げるための開発支援を行っています。 今回の RubyKaigi での経験は、その支援をより深く、より広く届けるための確かな糧となりました。
「プロダクトが存在する世界線を一緒に考えてみたい」
そう感じてくださった方がいらっしゃるようであれば、ぜひ一度 Gaji-Labo にお声がけください。
Gaji-Laboはデザインプロセスの導入をお手伝いします
「デザインプロセスを独学で取り入れてみたが、実際に実務に活かすことができるようになりたい」
「実際の課題を解決するための実践にチームとして取り組めるようになりたい」
「今はまだエンジニアしかいない組織だが、UXデザインやデザイン思考を取り入れてよりよいものを作りたい」
デザイン思考やデザインプロセスの導入に関わるご要望やお悩みごとをお持ちでしたら、まずは一度お気軽に Gaji-Labo にご相談ください。
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